ボルシーC 変わったカメラ

 アメリカ人は独創的な国民である。いいとか悪いとかは関係なく、新しいことをはじめること自体に価値を見いだしているような気がする。エジソンをはじめ多くの発明家を生みだした国だけのことはある。日本人というのは特に問題がなければ迷わず前例を踏襲するし、そればかりか何か新しいことをはじめようとすると「前例がない」と言うことを理由に抵抗する勢力が必ず存在する。前例がないことをはじめようとするのに、「前例がないからやめなさい」というのはおかしな話だが実際よくある話である。もし、あなたにそんな経験がないとしたらあなたの会社はいい会社だ。

 ところで、みなさんはこの写真に写っている物体が何だか分かるだろうか?私はアメリカに来てこれが何のためにものかわかるのに結構時間がかかった。実際に使っている人がいて初めてわかったのだが、こいつが機能しているところを見て思わず脱力してしまった。電動缶切りである。アイデアはわかる。小学生が夏休みの工作で考えつきそうなレベルだ。しかし、それを民生用に製品化してしまうだろうか?ひょっとして日本にもあるのだろうか?私は幸い日本でこいつにお目にかかったことはない。業務用ならわからないでもないが、一般家庭で使うくらいの缶詰なら手で開けろよ。
 しかし、あとからわかったのだがアメリカ人家庭というのは、日本人が想像もつかないくらいの量の缶詰を消費するらしい。何回かアメリカ人家庭に招かれたり、持ち寄りのパーティーに出席してわかったのだが、どの家の料理も味が同じなのだ。スープならキャンベルスープの味、スパゲティーのトマトソースも同じ味。すべて缶詰なのだ。
 家内と一緒に買い物に行って確信した。スーパーマーケットに堆く積まれた缶詰の山。そして日本のスーパーマーケットの倍の大きさがあるカートに山ほど缶詰と冷凍食品を買っていくおばさん。「飯くらい作れよ。」

 ボルシーはそんな国で作られたカメラである。

 ボルシーの創始者ジャック・ボルスキーはスイス人だ。アルパを設計に携わった人でボルシーレフレックスとアルパフレックス2は同じカメラである。その後ボルスキーはアメリカに渡ってボルシーを作ったと言われている。話によるとアルパもかなり変わったカメラである。もちろん私はあんな高いカメラは買えないし使ったこともないが、マイクロスイターの優れた性能とともにアルパの使いにくさは有名である。しかし、今現在のアルパとボルシーの価値の差はどうしたものだろう。物にもよるだろうが、アルパはちゃんとしていれば15万円はくだらないと思う。私が気まぐれで買ったボルシーCは$39である。ボルスキーもまさかこんなことになるとは思っていなかっただろう。

 ボルシーCは1947年に発売されたボルシーBをベースにして作られたカメラで1950年の発売である。ボルシーBは普通のレンジファインダーカメラであったがこれがCタイプになると不思議な方向に進化する。なんとこのカメラは二眼レフのファインダーを装備しているのだ。撮影するときの状況により普通のビューファインダーと二眼レフのファインダーを切り替えることができる。両方同時に使うことももちろん可能であるが、そんなことをしても何にもならない。このカメラのアイレベルレンジファインダーは一眼式ではない。つまりレンジファインダーとビューファインダーは別である。結果的に被写体を覗く窓は二眼レフのファインダーを含めて3つあることになり、撮影用のレンズを含めると実に5つの光学系を持っていることになる。こんな複雑な構造なのにコンパクトにまとまっているのはすばらしい。二眼レフ用のフードをしめれば普通のレンジファインダーカメラとさほど変わらない大きさになる。ベースはボルシーBだが、二眼レフ用のファインダーにも手を抜いていない。ピントグラスの他にちゃんとルーペまでついているのだ。世にも珍しい本格的な35mm二眼レフとしても使える。
 シャッター速度はアメリカ製のカメラらしく1/10〜1/200秒まで。さらにアーガスC3同様シャッターをリリースしても巻き上げロックは解除されない。巻き上げるためにはいったん巻き上げノブを持ち上げてロックをはずしてから巻き上げなければならない。これをやらないとフィルムのパーフォレーションはズタズタになってしまう(しまった)。また、シャッターをリリースしなくたって、巻き上げノブさえ持ち上げればいくらでも巻き上げが可能である。

 すばらしいことにボルシーCには二重写しを防止する仕掛けがついている。シャッター付近を見るとちょっとおもしろい構造になっている。シャッター(レバー)の上に赤でマークされた小さな丸いピンがついているのがわかるだろうか。シャッターはこのピンを押し込んでチャージされる。このピンを押し込めば巻き上げなくても何度でもシャッターを切ることができる。しかしこのピンはなんと巻き上げレバーに連動して引っ込むのだ。つまり巻き上げレバーを巻き上げることによりこのピンが引っ込んで自動的にシャッターがチャージされるのである。巻き上げに連動してピンがするする引っ込んでゆく様子は見ていておもしろい。良くできた仕掛けである。
 しかし。こんな凝った仕掛けを作るアイデアと技術があるのなら、巻き上げロックを自動的に解除するなんて簡単なことだったのではないだろうか。そしてシャッターボタンはお世辞にも押しやすくない。

 ボルシーCはおそらくカメラの歴史に残るユニークなカメラである。リコーにTLSと言うアイレベルとウェストレベルファインダーを持った一眼レフがあるが、それに匹敵すると思う。凝った仕掛けを持っているくせにシャッター速度が1/200秒までしかなかったり、巻き上げロックが自動的に解除されなかったりするのも愛敬である。アルパの発想をアメリカで商品化すればこんなカメラができあがるという見本のようなカメラだ。しかし仕上げは美しいし、本当に良くできたカメラである。ボルシーの集大成として堂々と君臨すべきカメラであろう。私はこんなカメラが大好きだ。








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