コダックとブローニー

 コダックはご存じのとおり、世界を代表するフィルムメーカーである。1881年にジョージ・イーストマンが創設。乾板が主流だった写真業界にロールフィルムを普及させ、また1900年からはブローニーシリーズを発売し、写真の裾野をアマチュアに広げた立派な会社である。ブローニーが写真業界に与えたインパクトはそれは大きなものであったらしい。もっともフィルムメーカーであったコダックがフィルムの消費のためにカメラマン人口を増やそうとするのは当然の流れである。フジフイルムが写ルンですを作ったのと同じ動機であろう。

 ブローニーシリーズはアメリカ大衆に受け入れられ、コダックの売り上げに大きく貢献した。初期のブローニーの成功に勢いづき、コダックはブローニーをシリーズ化しその数100種類以上のブローニー一族を世に送り出すことになった。
 ブローニーは基本的に誰でも撮れる簡単カメラである。最初のブローニーの広告には「小学生でも扱える」と書いてあった。私の手元にも2種類のブローニーがあるが、シャッター速度:単速、絞り:なし、ピント:固定焦点という、写ルンですも真っ青な性能を誇っている。ブローニーは遮光紙付きのロールフィルムを使用したおかげで、さらに簡単な構造にする事ができた。ロールフィルムを使えば巻き戻し機能は必要ないし、フィルムカウンターは赤窓をつければOKである。私のブローニーは616ジュニア(1934−42年)とホークアイ フラッシュモデル(1950−61年)である。ボックス型からプラスチック製の丸みを持ったデザインに変更されかなりモダンになっているが、簡単な構造はそのままである。

 120サイズフィルムのことを日本ではブローニー判と呼んでいるが、これは日本ローカルルールで、アメリカでブローニーサイズのフィルムと言っても通用しない。あくまで120サイズである。たしかに歴史的に見れば120フィルムは数あるブローニー用ロールフィルムの一つにすぎない。ブローニーの人気を背景にコダックは様々なサイズのブローニーカメラを作っては市場に流した。そして、カメラのサイズが変わるたびに新しい規格のロールフィルムを作っていった。コダックがブローニー一族のために作ったフィルムの種類は実に30種類を越える。その中にはフィルム幅と画面の大きさは同じなのに軸を細くするためだけに作った規格(120と620、116と616等)や、カメラ1種類のために存在した規格(122)まである。もちろん大幅にサイズの違うカメラを出すのなら、フィルムのサイズを変える必要があっただろうが、この時代のコダックはあまりに安易に新しいサイズのフィルムを作るので驚いてしまう。今ならフィルムのサイズに合わせてカメラを作るのが当たり前だが、コダックの場合はカメラの大きさに合わせてフィルムを作っていたようにしか思えない。これも、ロールフィルム初期だからこそ許されたことである。いったん作ったのだから意地でも30種類のフィルムを作り続けてくれていれば良かったのだが、いかに大会社コダックをしてもそれは無理であった。それでも平均するとカメラの供給が止まってから30年くらいはフィルムの生産を続けているので良心的と言ってもいいかもしれない。結局現在手に入るロールフィルムは120と220だけである。これらのフィルムは中判として現在でも一定の需要がある。しかし、1900年代前半に作られた多くのコダック製カメラは、機構的には問題なくても「フィルムがない」と言う理由で使えないものが多い。私の持っている二つのブローニーはどちらも現在は手に入らない規格のフィルムである。それでもホークアイの方は一応120サイズと同じ幅なのでスプールさえ手に入ればダークバッグを使って巻き代えることは可能である。

 さてブローニー全盛の頃、コダックの計画性のない生産のためロールフィルムの規格が乱立したが、これはまだ135パトローネ入りフィルムが世に出る前の話でフィルム業界が安定していない時代だったのでこれを単純に非難するのはちょっと酷かもしれない。しかし、少数のユーザーを切り捨ててロールフィルムをどんどん生産中止にしなければならなかった1950年以降、コダックはこの失敗から何かを学ぶべきであったと思う。だが1950年以降もコダックはブローニー時代よりはややましであるにせよ、いくつものフィルム規格を立ち上げては消滅させてきた。インスタマチックや110、ディスクフィルムがそれである。110はまだ消滅していないが、今110フィルムを手に入れるのは一苦労と言う状態である。そして1990年代に入ってからも懲りずにAPSを出してきた。APSはコダック独自の企画ではないが、主要な音頭取りはやはりコダックだった。APSは登場から10年もたっていないが、この企画に明るい未来を見ている人はほとんどいないだろう。「35mmより小さいサイズは一過性のブームにしかなり得ない」と言う事実を110、ディスクで学んでこなかったのだろうか?

 私はこのコダックの姿勢に典型的なアメリカ人らしさを感じてしまう。基本的にアメリカ人は常に自分達が中心でなければ気が済まないというところがある。「世界の標準語はアメリカ英語、英語をしゃべれない人は外国人であれ何であれ知性に問題がある」なんてことを平気で言ってしまうのがアメリカ人で、コダックはそんな人たちが作った会社なのである。「自分たちが提唱した規格が世界標準にならないはずはない」とでも考えているのではないだろうか。

 しかし、残念ながらここ50年はコダックの力の限界を示すことばかりであった。世界のカメラ市場、フィルム市場はコダックの思惑通りには進まなかった。インスタマチックは日本のカメラメーカーを巻き込んだが規格としては定着せず、約10年で市場から姿を消し、コダックは売れないフィルムを1990年代まで作らなければならなかった。110は一時的にはかなりの普及を見たが、これも15年程度で熱が冷めてしまった。フィルム自体は現在でも細々と生産されているが、不良債権の域を出ない。ディスクフィルムに至ってはほとんど普及すらしなかった。実は私も一台ディスクカメラを持っているが、1999年にフィルムの生産が終了してしまい、今となってはカメラ自体が不良債権化している。ポラロイドの独り舞台であったインスタントフォトの分野にも進出を図ったが、結局ポラロイドの牙城を崩せず撤退している。そしてこのたびのAPSである。この人達は反省をしないのだろうか。

 コダックは現在でも世界に影響力を持つフィルムメーカーである。しかし、そろそろ謙虚に過去を反省する時期ではないかと思う。これ以上使えない中古カメラが増えるのはやはり悲しいことである。






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