マーキュリーII
日本でも比較的知名度の高いカメラで、舶来品に疎かった私でも、日本にいたときからその存在は知っていた。一度見たら忘れられないデザインである。メーカーのユニバーサルはスチルカメラの他に活動写真用のカメラも作っていた会社である。そういえばマーキュリーIIはハーフサイズである。写真用35mmフィルムは映画の35mmフィルムから派生しているが、映画は18×24が通常のサイズだから、映画用35mmカメラを作っていたマーキュリーがハーフサイズを採用しているのは道理にかなっていると言える。ユニバーサルは1932年に2人の30代ビジネスマンが設立した会社である。いろいろなカメラを発売し、このマーキュリーシリーズを含めていくつかのヒット商品にも恵まれたが、1952年に倒産してしまった。マーキュリーが一時的とはいえ成功した背景にあるのは第2次世界大戦によるカメラの不足だと思う。優秀なドイツのカメラの供給が途絶え、他の国もカメラを作っている余裕はなかった。アメリカ製のカメラの独壇場である。アーガスC3が爆発的に普及したのも同じ理由からだろう。倒産後もしばらくの間はオーナーが変わってカメラの生産を続けていたが、1964年に最終的に会社が整理されてしまった。
マーキュリーIIと言うからにはマーキュリーと言うカメラもある。デザインや構造はマーキュリーIIとほとんど変わらないが、通常のパトローネ入り35mmフィルムは使えない。専用のマガジンがあったらしい。コダックの思惑に逆らったユニバーサルは天晴れだが、この場合は「寄らば大樹の陰」だろう。マーキュリーが発売されたのは1935年。すでにライカがパトローネ入りフィルム使用のカメラで成功を収めた後である。そういったわけで1945年にパトローネ入りフィルム使用で発売されたのがマーキュリーIIなのである。
このカメラのデザイン上の特徴は軍艦部の半円である。昇る朝日のようなデザイン。このカメラが日本製で1935年発売なら、半円部分を赤く塗って愛国カメラになっていたかもしれない。一眼レフならペンタプリズムのあるあたりだが、当然そんなものでない。この半円の中にはシャッターブレードが入っている。このカメラのシャッターは円盤回転式のロータリーシャッターなのである。ロータリーシャッターを言えばオリンパスペンFシリーズが有名だが、マーキュリーIIのシャッターはオリンパスとは違い回転速度が1回転1/10秒で一定である。スリットの幅を調整してシャッター速度をコントロールしているあたりは、横走り布幕シャッターに似ている。しかし、このロータリーシャッターのおかげで当時としては最高速度であったシャッター速度1/1000秒を達成しているあたりは立派である。 このロータリーシャッターのアイデアはなかなかおもしろいと思う。こんなものを思いついて、さらに実用化までしてしまうアメリカ人のパワーは侮れない。円盤を回転させるだけだから明らかにフォーカルプレーンシャッターより構造が簡単だし、この時点での布幕のフォーカルプレーンシャッターより高速を実現できている。
このすばらしいアイデアが結局長続きしなかったのは当然ながら円盤を収納するスペースの問題と、フルサイズの35mm判に適用するのが難しかったからだろう。 ハーフサイズのような縦長のフォーマットならまだしも、フルサイズのフォーマットでこれをやるとフィルムの上の方と下の方で露光時間の差が出来てしまう。厳密に言えばハーフサイズでも露光時間の差はあるのだが、おそらく問題にならないレベルなのだろう(と信じたい)。露光時間の差を少なくしたければ、より大きな円盤を使えばいいことになるが、そうなるとスペースの問題が出てくる。やはりこの仕掛けはアメリカ人のおおざっぱさとパワーがなければ実現しなかったシステムであろう。
このカメラはレンズ交換が出来るらしい。今のところ私が知っているのはすべて35mmでf2.0のHexer、f2.7とf3.5のTricorである。もっとも一般的に流通しているのはf2.7だと思われる。f2.0を標準装備したモデルはやや特殊でシャッター速度が1/1500秒まで装備されているらしいが当然見たことはない。なお、1945年に発売されたマーキュリーIIの値段はf2.7Tricor付で$65であった。
巻き上げノブは向かって左側のノブである。ちょっと回しにくいが我慢できないほどでもない。この時代のカメラならもっと使い勝手の悪いカメラがいくらでもある(例えばアーガスC3とか)。向かって右側のノブはシャッターダイヤルである。巻き上げノブに連動して回転するので、あわせるのは巻き上げが終わってからである。シャッター速度はちょっと変則でT、B、20、30、40、60、100、200、300、1000の順番で並んでいる。倍数系列でないのは仕方ないが、1/300秒の次が一気に1/1000秒なのはちょっとつらいかもしれない。撮影が終わればレンズの左下にあるノブをREWINDに合わせて巻き戻せばよい。このあたりの操作感はなかなかのものである。セルフコッキングも完璧だし、いちいち巻き上げロックをマニュアルではずす必要もない。どうして他のアメリカのメーカーがこれを実現出来なかったのか、今となっては本当に不思議だ。単にやる気の問題という気もするが。