1971年、キヤノン新時代を象徴するFDシリーズの登場をキヤノンF-1とともに飾ったのがFTbである。FTbの発売はF-1と同じ1971年月とされているが、実際に流通し始めたのはFTbの方が先であったという話もある。誤差の範囲ではあろうが、タッチの差でFDレンズのトップバッターはFTbであった可能性もある。
FTbは分類としては開放測光定点式マニュアル一眼レフになる。定点式か追針式かの違いは好みもあろうが、それほど大きな差ではない。この時代(1970年代前半)の中級機は開放測光マニュアルのオンパレードであった。性能はどのメーカーも似たり寄ったり。シャッターがメカニカルであったせいもありシャッター速度は判で押したように1/1000秒から1秒までであった。ところが面白いことに測光方式には各メーカーとも工夫を凝らしていた。ミノルタSRTシリーズは分割測光のはしりともいえる二分割測光を採用していた。これは優れた方式で逆光になって主被写体がつぶれそうになっても、露出計どおりの露出である程度焼けるネガが得られる。SRTシリーズがオートであれば最適の測光方式といえたのだが、しかしマニュアル露出では二分割測光の真価は発揮できなかったのではなかろうか。マニュアル露出なら二分割測光より単純なパターンの方が補正しやすいような気がする。ペンタックスSPFはほとんどフラットと言ってもいいような平均測光。これはこれで癖がない分慣れれば使いやすい。さて、我がFTbであるが、中央部12%を測る部分測光である。この方式は先代のキヤノンFT譲りであり、ペリックスまでさかのぼる伝統ある測光方式である。この方式はフラッグシップのF-1にも採用された。使ってみるとわかるのだが、このFTbに採用されている(そしてF-1にも採用されている)部分測光はマニュアル測光で使うためには極めて秀逸な測光方式である。12%の測光範囲は狭すぎず広すぎずの微妙な線である。確かにスポット測光の方が細かい測光ができるが、狭すぎて一般用途としてはある程度慣れが必要だと思う。中央部12%の平均と言うのは人物にしろ、風景にしろ主被写体をおおむねカバーしてくれる。大きく外した場合でも測光パターンが単純な分、補正も容易である。この方式はNewF-1でも採用されたから、キヤノンは相当自信を持っていたのだと思う。T90にも部分測光モードがあるが、私はこれがあまり好きではない。FTbの部分測光パターンは長方形なのだがT90は円形である。大差はないと思うのだが、T90で部分測光モードを使ったことはない。単にT90でマニュアル撮影をしないからかもしれないが。FTbの部分測光はフォーカシングスクリーンの中にハーフミラーを埋め込んで、光路を変えて測光している。FTbの測光パターンはファインダーをのぞくと測光部分だけ若干暗く見えるが、これはハーフミラーのせいである。こんな凝った仕掛けをしたのだから、このフォーカシングスクリーンは高コストになったはずだ。同じシステムのNewF-1のフォーカシングスクリーンは結構な値段であった。そう考えるとFTbはお買い得なのではないかと言う気がしてくる。実際廉価版がつくられたとき、この測光システムは真っ先に変更された。
FTbの使い心地は、極めて優秀である。ただし、同時期他社のカメラと比較して、取り立てて優れているわけではない。マニュアル測光カメラの操作性は1970年代前半である程度完成していたのだと思う。マニュアル専用カメラは細く長く21世紀まで作られているが、基本的な操作性に大きな変化はみられない。それでも、FTbNになるとさらに操作性は向上しているので、改良の余地がないわけではないのだが。
FTbは優れたカメラであったため、いくつかの派生型(廉価版)が作られ、FTbファミリーを形成している。最もこの時代は各メーカーとも似たような傾向があり、同じダイキャストやパーツで派生型を作るのはごく普通のことであった。ペンタックスのSP一族やSRTファミリーが有名である。
FTbでマニュアル測光一眼レフを極めたキヤノンであるが、純粋なマニュアル測光一眼レフはFTbが最後になった。まあ、輸出専用のAT-1もあるにはあるが、あれは一種の例外であろう。公式にはFTbの後継はAE-1である。また、キヤノンはこれ以降の機種では最高級機をのぞいて露出計連動のマニュアルを発売することはなかった。新しいシステムであったFDレンズ。しかしFDレンズはオートで使って真価を発揮する構造になっていた。FTbは時代のはざまで生まれた、傑作機種なのだろう。