キヤノンTX
米国のみで発売されたFTb系最後の廉価版カメラである。ベル・ハウエルFD35のところですでに紹介したが、TXとFD35は基本的には同じカメラである。わずかにシャッターダイヤルに使われているパーツや巻き戻しレバーの台座のパーツに違いは見られるが、基本構造は同一であり、言ってみればキヤノンブランドで販売されたFD35である。
TXはFTbで採用された中央部部分測光は省略され、平均測光になっている。中央部分測光はFTbの売りだっただけに残念ではあるが、逆に中央部部分測光に価値を感じないユーザーにとっては、その分低コストは方がありがたいわけで、これは簡単には割り切れない問題である。実際、中央部部分測光を見送ったことによりどの程度コストが低減されたかはわからないが、フォーカシングスクリーンのハーフミラー化はお金がかかりそうな部分なのでそれなりの効果はあったような気がする。あとは絞り込みのロック機構とミラーアップ、それに1/1000秒のシャッターが省略された。TLbで省かれたセルフタイマーもやはり省略されている。セルフタイマーは毎日使うものではないが、このクラスのファミリーカメラにはぜひ付いていてほしい機能である。逆にホットシューは復活した。ホットシューも1960年代ならそれほど必要ではなかったかもしれないが、1970年代はシンクロコードのないクリップオンタイプのストロボが増えてきた時期で、安価なストロボで済まそうという向きのはやはり装備しておいてほしい機能である。
TXはアメリカで成功したのか、と問われるとそれはちょっとわからない。売れ残りらしき在庫が日本に流れてくることはなかったから、そこそこは売れたのではないかとは思うが、発売時期が1975年であるから、どちらにせよ1976年に登場したAE−1にはかなわなかっただろう。キヤノンにおけるメカニカルシャッター装備マニュアルカメラの終焉である。これは大げさではなく一つの時代の終わりであった。キヤノンはAE−1以降、マニュアル露出にはほとんど目を向けずひたすら洗練されたAEカメラを世に送り出してゆく。そのキヤノンの選択が正しかったことはその後の歴史が証明しているといってもいいだろう。TXはまさに夜明け直前のカメラなのである。
余談であるが、わたくしにとってTXはFDシリーズのカメラの中で最後に残った1台であった。日本では手に入らないため、仕事で半年間アメリカに滞在したときにE-bayで購入した。はじめは特に集めようと思っていたわけではないのだが、何となく揃ってしまい、ラス前のT50辺りからリトルスラムを意識し始めた。もちろんグランドスラムは白黒両方の制覇であろうが、これはちょっと無理だと思う。実はグランドスラム達成もそれほど遠い話ではないのだが、(Tシリーズ、F−1系は黒のみ、AT−1、TLb、TXは多分白のみ)、コレクションを意識するのは本意ではないので、このままにしておこうと思う。