アーガスC3

 アーガスと言えばこのカメラ。レンガ(BRICK)の名前で有名な距離系連動カメラでまさにアメリカを代表するカメラである。IRCと言うラジオメーカーが作った大衆用カメラで、1939年〜66年まで作られたらしい(1938年〜と言う話もある)。第2次世界大戦をはさんでのこの製造期間も恐るべきだが、その間特に大きな改良も無くひたすら作りつづけるところもすばらしい。そう言えば正月に買ったアーガスのデジカメに、「アーガス社の歴史」と書かれた紙が入っており、このアーガスC3のことを自画自賛していた。ともかく良く売れたカメラで1940年代はアメリカ中流家庭が所有するカメラの半数近くがこのアーガスC3だったという話もあるくらいである。

 私はC3を手に入れる前に後継機のC44を持っていたので、アーガスのカメラについてはなんとなくイメージを持っていた。「絶対に使いやすいはずはない」、「力が要る」そして「案外良く写る」。わずかに日本語で流れている情報を見ても、操作性において誉めているものは一つも無い。しかし、使いにくいのならどのように使いにくいか見極めたいではないか。若干サディスティックな動機でアーガスC3を手に入れて使ってみることにした。

 アーガスC3は1930年代後半の設計であるので、現代の常識が通用しないことが多々ある。まあ、そのデザインからして現代の常識を大きく逸脱しているのだが、それは置いておいて。
 シャッターは巻き上げ操作ではチャージされない。シャッターチャージレバーを倒すことによってチャージされる。つまり、巻き上げなくてもシャッターはいくらでもチャージ可能であり、表現の手段として多重露出を利用されるハイアマチュアの方には持って来いである。A−1なら、いちいち多重露出レバーを倒してから巻き上げなければならないが、アーガスC3にそんな操作は必要無い。きわめて洗練された操作性である。もちろん意図しないで多重露出してしまう危険性はきわめて高く、また「あれっ、巻き上げたっけ?」と不安になった場合は多重露出ミスを避けるため否応無しにもう1枚分巻き上げねばならない。フィルムの無駄にもつながる。しかし、それくらいは驚くに値しない。1950年代に発売されたコダックのシグネット40だって同じような仕様である。さすがはどちらもアメリカ製である。

 シャッターチャージ用のレバーは操作しやすいようにカメラを握ると自然に右手の指がかかる位置にある。うーん良く出来ている。しかも、チャージレバーが指に引っかかり、まるでA−1のグリップのように優れたホールディングを約束する。と思ったのは実際にシャッターを切るまで。このレバーはシャッターをレリーズすると同時に勢い良く元の位置に戻るので、このレバーに指を引っ掛けていたら、カメラぶれの写真を大量生産してしまう。「そうか、このレバーは触ってはいけないのだな」。しかし、そうするとこれ以上無いと言うくらい持ちにくい。レバーの下は握りにくいし、かと言ってレバーを避けて指先でつまもうとすると不安定になる。軽いカメラならそれでも良い。アーガスC3は765gもある。まさにレンガである。中古市場で見かけるアーガスC3の多くはケースに入った状態で売られている。このカメラに似つかわしくないくらい立派なケースなのだが、このカメラをケースなしで使うのは困難である。この完全な直方体のカメラを安定して持つためには立派なケースが欠かせないのである。

 裏ブタのロックも金属の剛性だけで引っ掛けてある。これで良くトラブルが起きないものだ。とりあえず、ダミーのフィルムを装てんして動作を確認する。空写しをするためにフィルムを巻き上げようとすると、カメラの中からガリガリ音がする。裏ブタを開けてみるとフィルムのパーフォレーションがずたずたになっていた。よくよく確認してみると、フィルムの巻き上げノブとスプロケットが連動していない。つまりスプロケットが動かない状態で巻き上げていたのである。「やられた、壊れている。どうりで安かったわけだ。」などと考えて、頭の中ではすでにばらして修理することまで想定していた。しかし、実は壊れていなかったのである。フィルムカウンターの横に、巻き戻し用のリリースボタンがある。「変な場所にあるな」と思っていたのだが、これは実は巻き戻し用のリリーズボタンではなかったのである。いや、正確に言うと巻き上げ、巻き戻し用リリーズボタンだったのである。説明書によると撮影後リリーズボタンを押しながら1/4回転巻上げレバーを回し、リリーズボタンを戻してから止まるまで巻き上げる、と言う操作になっている。つまり今のカメラであればシャッターを押すと自動的に巻上げロックが解除されて巻上げ可能になるが、アーガスC3は自分でロックを解除してやらなければならないのである。さらに、1/4と言うのがいかにも胡散臭い。ようは、このリリーズボタンを押したまま巻き上げるとひとコマで自動的に停止しないでいつまでも巻きあがられてしまうのである。これこそ究極のマニュアルカメラである。
 ピント合わせのダイヤルは重い。絞りリングはレンズの前面にあり使いにくい。持ちにくい。そして金属製ではないくせにやたら重い。前評判どおり、使いにくさ爆発である。こんなカメラを1966年まで作りつづけていて、しかも売れてたのだから不思議だ。1966年と言えば日本ではTTL露出計内蔵の一眼レフが続々登場していたころである。普及機と言ったってキャノネットである。まったくアメリカ人のやることは良くわからない。

 その上、驚くべきことにこのカメラはレンズ交換が可能なのである。広角も望遠もそろっていたらしい。大衆機のくせに、侮れないところがある。


 そして、アメリカ製カメラのもう一つの特徴でもあるのだが、こんな顔をしてよく写るのだ。どうしたってまともに写りそうな気はしないのだが、実際に仕上がった写真を見ると思わずうなってしまう。レンズの描写がアメリカの風景にマッチしているのだろうか?アーガスC44の時もそうであったが、予想以上の写りには全く脱帽である。あの値段($6)でこの写りならお買い得といえるだろう



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