ベルハウエルFD35

 キヤノンフレックスが市場に登場した1959年、キヤノンのアメリカにおける代理店はScopusという会社だった。この会社がどういう会社で今どうなっているのかもちろん全然わからない。キヤノンフレックスはキヤノンが気合いを入れて開発した初めてのレンズ交換式一眼レフだったが、このセンスのないアメリカの代理店はキヤノンフレックスの価値がよくわからなかったようで、あまり真剣にプロモーションしなかったらしい。手元にある広告を見ても、レンジファインダー機や16mmカメラと並べられて、とてもキヤノンの気合いが感じられるようには見えない代物だった。それに対しニコンFは代理店に恵まれて、アメリカでも大々的に発売されていた。今にしてみるとキヤノンフレックスとニコンFでは勝負にならないような気もするが、キヤノンフレックスには値段という強みがあった。なんといっても相手はアメリカ人、値段さえ安ければ勝負になると言う意見には全面的に賛成である。
 頼りにならない代理店に業を煮やしたキヤノンは新しい代理店を探すことになった。そこで見つけたのがベルハウエルである。ちなみにベルハウエルはれっきとしたカメラメーカーで1948年にはFOTONという面白いカメラも作っていたし、1950年代前半はステレオカメラなどを作っていた。キヤノンにとってはこれ以上のパートナーはいないと言うことで、1961年末、ベルハウエルを新しい代理店にしてアメリカでの販売活動が始まった。当時は太平洋戦争が終わってまだ15年。日本製品の品質の今ほど評価されていなかった時代であり、日本のカメラメーカーの知名度も今とは比較にならないくらい低かった。アメリカに進出するためには代理店の協力が不可欠だったのである。ベルハウエルはカメラ販売のノウハウがあったので、キヤノンフレックスはアメリカでは順調に売れたらしい。
 その後キヤノンとベルハウエルの蜜月関係は10年ほど続き、キヤノン製品はベルハウエルを通して全米で売られるようになった。キヤノンはベルハウエルブランドでダイヤル35、Auto35/Reflex(EX−EE)を作り全米向けに販売した。
 ベルハウエルとキヤノンの代理店契約は1972年までであったが、この10年の間にキヤノンはすっかり成長していた。FDレンズやF−1をすでに発売してその知名度はすっかり高くなっており、いまさらベルハウエルなどに頼らなくても独自にアメリカで商売できるようになっていた。対照的にベルハウエルはカメラメーカーとしてはもはや生き残ることが出来なくなっており、引き続きキヤノン製品の代理店を続けていきたいと思っていた。しかし結局1972年、キヤノンはベルハウエルとの代理店契約を終了することにした。そして、置きみやげというわけではなかろうが、FDレンズを装着可能なベルハウエルブランドのカメラをベルハウエルに対し供給することにした。それがこのベルハウエルFD35と言うカメラである。

 当時キヤノンのFDレンズ一眼レフカメラのラインアップはF−1、FTbの2機種であった。FD35はFTbからセルフタイマー、クイックローディングを省略し、さらにシャッター速度も1/500秒までに簡略化したものである。また、内部的にはFTbはF−1と同じフォーカシングスクリーンで測光していたのに対し、FD35ははアイピースの上部にCdSを配置していた。
 ベルハウエルとの契約が終了する1972年、キヤノンはFD35をベルハウエルに納入し、キヤノンとベルハウエルの関係は完全に終了した。

機種 発売時期
FTb 1971年
FD35 1972年
FTbN 1973年
TLb 1974年
TX 1975年

 FTbはF−1の廉価版として日本ではかなり評判が良く、FTbNに発展し、かなりの好成績を残したが、どうやら北米市場ではFTbクラスでも初級機としては高性能すぎたようだった。結局キヤノンは北米市場向けとして1974年にFD35をさらにグレードダウンしたTLbを売り出した。FD35とTLbは基本的にはほとんど変わらないが、FD35にあったホットシューがTLbでは省略されていた。さらに、その翌年の1975年、結局キヤノンはFD35のデッドコピーであるTXを市場に投入した。TXはFD35そのもので、違いはシャッターダイヤルがTLbやFTbと同じ黒いダイヤルだった。TXとFD35を見分ける方法は、名前以外はこのシャッターダイヤルと巻き戻しダイヤルの台座の色しかない。TXはホットシューがある分TLbより高級であったが、TXとTLbはしばらく一緒に発売されていたらしい。TLbとTXのアメリカにおける定価の差がいくらくらいあったのか今のなってはわからないが、少しでも安いものを好むアメリカらしい話である。ベルハウエルからFD35がどれくらいの間販売されていたかは残念ながらわからない。もしかするとキヤノンはFD35が市場から消えるのをみはからってTXを発売したのかもしれないが、今のなってはそれも想像の域を出ない。

 というわけでFD35であるが、取り立てて特徴のないカメラである。使った感じは当時の同クラスの、ミノルタSRTシリーズやペンタックスSPFなどと比べても、特に良くも悪くもない感じである。作りは頑丈で、結構重量はある。1/500までのシャッタースピードはちょっと物足りないが、FTbの廉価版なのだから仕方ないと言えば仕方ない。当時、北米市場向けとしてシャッター速度を1/500までにするのはよくある話であった。アサヒペンタックスSPもSP500という同じコンセプトの廉価版を出している。おそらく登場したときには、「安い値段で開放測光に対応した新しいFDレンズを使えるカメラ」として売られたのであろう。
 ちなみにこのカメラはキヤノン製であるが、キヤノンカメラミュージアムにも載っていない。まあ、TXと同じカメラだから性能を見たければそちらを見ればいいわけだが、果たしてこのカメラはキヤノンで分解清掃をしてくれるのだろうか?国内販売をしていないAT−1を分解清掃してくれた話は聞いたことがある。しかしこれはどうであろうか?あるいはT60はどうだろう。ちょっと興味の沸く疑問であろう。

 私はこのカメラをe-bay経由でとあるカメラ屋さんから購入した。送られてきた荷物の中に一枚の紙切れが入っており、TX、FD35、TLbを使用する場合の注意が書いてあった。ちょっと面白い記述があったので紹介する。
 電池の寿命
 通常水銀電池は新品の状態で1.35V、最初の5−10%の消耗で電圧1.2Vまで降下する。そのままの電圧が残り5%まで続きあとは急激に消耗する。アルカリ電池は新品の状態で1.5V、15%消耗した時点で1.25Vになる。残り30%になるまで、この電圧が続き、その後はゆっくり消耗してゆく。
 その説明書には「アルカリ電池を使う場合は残り30%で急速に露出に誤差が出るので、9ヶ月位をめどに新品に変えて欲しい」と書いてあった。電池が消耗してくると露出オーバー側に誤差が出るらしい。また、一般に明るい場所ではアンダー側に、暗い場所では、オーバー側に誤差が出るらしい。しかし、よほど特殊な状況にならない限り1/2EV以上の誤差が出ることはないと言う話である。


 この情報が正しいのなら、アルカリ電池と水銀電池の差でそれほど神経質になる必要な無いのかもしれない



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