オリンパス OM−10

 1970年代の前半までは一眼レフはプロかハイアマチュアのものだった。アサヒペンタックスSPの登場(1965年)以降、少しずつ一眼レフのすそ野は広がっていたが、まだまだ一般家庭に進出するには至っていなかった。ちなみに1970年代前半、私の実家で使っていたカメラはオリンパスペンSだった。だから、私が子供の頃の写真はモノクロで縦位置の構図が異常に多い。まあ、おそらくオリンパスペンやキャノネットクラスのカメラが一般的なファミリーカメラで、一眼レフを持っているのはカメラ好きのお父さんだったのではないかと思う。1976年、アサヒペンタックスがMEを発売された。たぶんこれが世界初のファミリー向けAE専用一眼レフだと思う。初めてのAE一眼レフ(シャッター優先AE)はコニカオートレックスで1966年、絞り優先AE機はアサヒペンタックスESで1971年であったから、AE一眼レフが完成してから家庭向け一眼レフが登場するまでに実に5〜10年の年月が必要だったことになる。MEの登場は一眼レフにとって大きな転換点になった。素人のためのものと見なされていたAEが一眼レフに搭載され、さらにAE専用機となった時、一眼レフはアマチュアの領域にまで大きく進出したのである。ちなみにキヤノンAE−1の登場の方が少し早いのだが、あれは一応マニュアルも可能なのでAE専用機には分類されない。ただ、あのマニュアルは付けようと思って付けたマニュアルではないので、本来ならAE−1はこのカテゴリーに入れてもいいような気もする。その後数年のうちに各メーカーがAE専用機を立て続けに発売した。オリンパスOM−10(1979年)、キヤノンAV−1(1979年)、ミノルタX−7(1980年)、ニコンEM(1980年)、ペンタックスMV1(1979年)、MG(1982年)などがそれに該当する。やっとOM−10の話が出てきた。

これらのカメラの性能はどれもほとんど変わらない。絞り優先AE、マニュアルなし、シャッター速度1秒か2秒〜1/1000、ワインダー装着可能、値段もボディ単体で5万円以下である。これらの機種は明らかに若者か、あるいは初めてカメラを買う人をターゲットにしていた。それまでの小難しい一眼レフのイメージを払拭するために、若い女性タレントをコマーシャルに使ったのも共通の特徴だった。ミノルタX−7の宮崎美子はあまりに有名だが(斉藤哲夫の歌もよかった)、ペンタックスMGが早見優、オリンパスOM−10は大場久美子だった。コマーシャルコピーもあまり一眼レフを意識させないもので、X−7が「音楽を楽しむように撮ろう」、MGが「キミが大人になる頃、僕はプロになっているかもしれない」、OM−10が「キミが好きだというかわりに、僕はシャッターを押した」だった。当時、私は中学生だったから単純に「いいなあ」と思ったが、こんなコマーシャルを打たれてはおじさん達はなかなか買えなかっただろうと思う。いい年して、「君が好きだというかわりに...」もないものだ。そういえば昔読んだ東海林さだおさんのエッセイに、「恋愛はいい年になる前にしなければならない」と書いてあった。恋愛はその気持ちがどんなに純粋であっても「いい年をしている」と言うだけで痛くもない腹を探られたり、後ろ指をさされかねないものなんだそうだ。なんだそうだって、私もはっきり言っていい年だから十分気を付けなければならない。

 ところで当時、私の中学時代の同級生が二人ほどOM−10を買った。宮崎美子ではなく大場久美子を選んだのだ。余談だが(余談ばっかりという話もあるが)宮崎美子はミノルタX−7のコマーシャルで有名になったが、大場久美子はこの時点で「コメットさん」である程度人気がでていた。オリンパスにしても全くの新人を使うよりはリスクは少なかったのだろうが、X−7のコマーシャルのインパクトにはかなわなかった。ところが、コマーシャルの爆発的な人気とX−7の人気は必ずしも一致しなかったらしい。まあ、ペンギンと松田聖子のスィートメモリーズは受けても、サントリービールの売り上げはさほど伸びなかったのと同じと言うこともできる。

 さて、なぜ私の友人達がOM−10を選んだかというと大場久美子にはほとんどが関係なく、マニュアルアダプターとダイレクト測光が主な理由だった。マニュアルアダプターはカメラの右肩につけるアクセサリーでこれをつけるとシャッター速度をマニュアルで設定できるようになる。もちろん露出計もなにも連動しないが、絞り優先専用AE一眼レフは基本的にシャッター速度の設定はできないのでマニュアルアダプターを使う価値は十分ある。そんなに高いアクセサリーではなかったので初めからくっつければいいようなものだが、初めからマニュアル機能を付けたOM−20よりOM−10の方が売れたそうだから世の中わからないものだ。ただ、一ついえることだが、「合体して性能がアップする」ものというのは男の子のハートをくすぐる。ゲッターロボを元祖とする合体ロボットもののテレビ番組は時代を超越した定番だし、私の理系としての運命を決定付けた「学研の電子ブロック」もやはり合体して性能がアップするものだった。ファインダー交換式のカメラだって、いや、そもそも一眼レフそのものが合体して性能がアップするものに他ならない。それなら、こういうのどうだろう?買ってきたときはただのマニュアル一眼レフ、ところが後からパーツを買ってきて組み立ててゆくと最終的にはキヤノンEOS1−v並のカメラができあがる。絞り優先AEパーツとかマルチモードAEパーツを買ってきて、合体!ドンドン性能が上がって行く。オートフォーカスも性能によって松、竹、梅に分かれていて、モジュールを交換すると性能がアップするようになっている。うん、こいつは男心をくすぐる。飛行機やF−1グランプリなんか撮りに行って「今日はオートフォーカスが追いつかなかったが、今度くるときはパワーアップしてくるから待ってろよ」なんてなかなか良いではないか?どこか作ってくれないだろう?こんなカメラ。

 で、マニュアルアダプターの方は私も評価するのだが(強引に話を戻した)、ダイレクト測光の方は「どうもねぇ」と言う感じである。いや、ダイレクト測光自体は良いのだが、OM−10のダイレクト測光はたぶん意図的だと思うのだが、ストロボのTTL制御ができないようになっている。これではダイレクト測光の価値は半減だ。OM−2を買ってくれるユーザーがOM−10に流れるのを防ぎたかったのだろうが、これはとっても残念な仕様である。

 しかし、たぶんOM−10はよく売れたカメラだと思う。性能的に他社のライバルと差別化を図ったのは正解でった。この時期のオート専用機の中ではもっとも売れたのではないだろうか。実際、OM−10は中古市場でもよく見かける。ところでマニュアルアダプターの方だが、店によって値段のばらつきが大きい。OM−10自体は1万円を切るくらいだが、本体と同じような値段で売っている店もある。そうかと思えば、発売時の定価を下回るところもある。こいつを買うときはよくよく探してみる必要があるだろう。決してコレクターズアイテムのようなものではないと思うが、最近ではあまり見かけることが少なくなってきた。

 OM−10はダイレクト測光だから、フィルムを入れないと正しいシャッター速度はでない。ファインダー内の表示はダイレクト測光の値ではないので(当たり前)いつでもそれなりに正しい数字を示すのだが、フィルムを入れていない状態でシャッターを切ると明らかにファインダー内の表示と実際のシャッター速度は違う。でもこれは当然ながら故障ではない。いい加減な店ではこれを故障としてジャンクで処分してしまうが、フィルムを入れればちゃんと動くことが多い。フィルムを入れても全然だめだったらそれは故障である。





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