キヤノンT60
キヤノンT60は1990年発売である。実質的にキヤノン最後のFDマウント一眼レフカメラである。栄誉ある最後のFDシリーズカメラがT60なのはなんか納得がいかないような気がするが、それを言い出すとオリンパスの最後の35mm一眼レフがOM2000になってしまうので、この件についてはあまり気にしないようにしたい。とりあえず最後まで売っていたFDシリーズのカメラはNewF−1なので良しとしよう。
T60はキヤノンのマニュアルフォーカスカメラの中では異端児である。性能も操作性もフィーリングも、それまでのキヤノンのカメラとは異質である。まるで別の人が作ったような...
もうみなさんご存知の話なので、いまさら回りくどい言いまわしをしても仕方が無いのだが、不思議とこの件について明確に語っている本もサイトも無い。だからこれを書くのはちょっと怖い。これを書いてしまうとお上からお叱りを受けて、サイトは閉鎖されてしまうのだろうか?それとも、ブラックリストに名前が載ってしまうのだろうか?アルファベットで誤魔化して書こうかと思ったがどっちもC社じゃないか。C社依頼したカメラをC社が作ってC社に納入して・・・わからん!
T60は絞り優先+露出計連動マニュアルカメラである。一応Tシリーズに位置しているがTシリーズの特徴は受け継いでいない。巻き上げレバー、巻き戻しクランクがついていてフィルム給装は手動であるし、液晶パネルはついておらず完全なダイヤル操作のマニュアルカメラある。ワインダーやモードラもつかない。ちょうど性能的には1970年代後半の中級一眼レフそのものである。とりたててものすごい性能はないが初めててにしても何の違和感も無く使えるところはさすがダイヤル式のカメラである。
まず驚いたのはその軽さである。荷物を受け取ったときまさかカメラが入っているとは思わなかった。重量は365g、A−1が620gだから、半分とは言えないが60%くらいの重量であろうか。当然ボディがこれだけ軽いとレンズとのバランスが難しい。NewFD50mmf1.4を付けてもトップが重過ぎて不安定な感じがする。手持ちのレンズをいろいろ試した結果、2本のレンズが残った。1本はNewFD35-70f3.5-4.5。いつものズームレンズである。一応T60はこのレンズとの組み合わせで販売されていたようなのでフィットして当然かもしれない。そしてもう1本はキヤノン純正ではないがコシナの28mmf2.8。これはぴったりである。そもそも軽いレンズなのでレンズに振られることもないし材質的にも違和感なく使える。さすがは純正!?
ボディは当然プラスチックでシボ皮ではなく、ゴムでカバーされている。持った感じは高級感こそないが決して悪くない。巻き上げレバーは軽くスムーズだが小刻み巻上げは出来ないし、巻き上げの途中でレバーは戻らない。どうやらこの巻き上げレバーはスイッチを兼ねているようで、フィルムが巻きあがっていない状態ではどんなにがんばっても電源は入らなかった。フィルムを巻き上げてシャッターを半押しすると電源が入って露出計が作動する。約20秒で電源が切れるようになっているようで、これはとっても使いやすい。ASA感度は25−1600まで、シャッター速度は1−1/1000秒まで、オートの場合は1秒以上までカバーされている。ASA感度はともかく、シャッター速度はもう少し何とかして欲しいものだ。1990年に発売されたカメラならやはり1/2000秒が欲しい。このあたりの性能までまったく1970年代後半そのものである。おそらく1/1000秒までにしてでも値段を下げたかったのであろう。
セルフタイマーは電子式、正面向かって左側の赤いLEDを押し込むと10秒間のセルフタイマーが作動する。ホットシューはついているが、Aシリーズ、Tシリーズの専用ストロボは機能しない。普通の外光オート式ストロボとして機能する。金属幕縦走行フォーカルプレーンシャッターのくせにX接点は1/60秒である。このあたりも本当に野心のないカメラである。
さて、このT60であるが、Aシリーズ、Tシリーズにない優れた点がある。このカメラ、なんと露出計連動のマニュアルが出来るのである。キヤノンの一眼レフの中でオートと開放測光露出計連動マニュアルが両方使えるのはAEファインダーかモードラをつけたNewF−1だけである。かつてT90を使っていたサンダー平山氏が露出計連動マニュアルが使えなくて「がっかりした」と言う話が残っている。別にAシリーズでマニュアル露出ができないからと言って「がっかり」はしないが、出来ても悪くないと思う。それがT60ではさりげなく、しかし当然のように内蔵されているのである。キヤノンのミュージアムを見ると定点連動式マニュアルとなっているが、個人的には追針式ではないかと思う。と言っても針式メーターではないので追針式とも言いにくいのだが、セットしてあるシャッター速度が点灯して、露出計の示すシャッター速度が点滅している。この二つを一致させると適正露出になると言う仕組みである。やはり操作としては追針式のような気がする。
と言うわけで私の主観でいろいろチェックしてみたわけだが、実に良く出来たカメラだと思う。残念ながら?特に欠点と言うようなものは見当たらない。軽すぎる重量もちょっと寂しいシャッター速度も、このカメラの場合は個性のような気がする。そもそもこのカメラに多くのことを望むべきではないような気がする。そんなカメラなのだ。
さて、長い前置きはこれくらいにして?いよいよ本題に入りたい。なぜキヤノンがこの時期にこのカメラを作らせて販売したかである。T50、T70、T80、T90と来てしまったので行きがかり上やむを得ず作ったという可能性もある。ここで、T60がなければおそらく「キヤノンTシリーズに萌え萌え」などと言うわけのわからないホームページができて「T60の謎?」とか言うコンテンツを作られてしまう。それで最もお金のかからない方法で作ったのだ。きっと違うだろうな。
キヤノンのサイトによると「海外市場の要望」である。またしてもこの理由である。AT−1やAV−1やEF−Mと同じ理由である。本当だろうか?いや、本当かもしれない。冷静にこれらのカメラを比べてみると共通点がいくつかある。それは、
1.安い
2.キヤノンが作りたくないであろうカメラである
と言う点である。多分キヤノンは言いたかったであろう。AE−1でAE一眼レフの道を歩み始めたのにどうしてそれに逆行するAT−1を作らなければならないか?AEはシャッター速度優先が一番に決まっているのにどうして絞り優先AEのAV−1を作らなければならないか?もう生産をEOSに切り替えたいのにどうしてマニュアルフォーカスにこだわってT60を売らなければならないか?EFレンズはオートフォーカス用なのにどうしてEFレンズを使ってマニュアルフォーカスのEF−Mを作らなければならないか?すべてもっともな意見である。
海外市場と言うのはわがままである。キヤノンはこの海外市場のとんでもないわがままを本当に聞いてこれらのカメラを作ったのであろうか。日本市場のNewF−1の生産を継続してくれと言う要望はあっさり蹴ったのに(それとこれとは重要性が全然違うことは重々承知しております)。しかしキヤノンにこれらのカメラをポリシーに反して作らせたとしたら海外市場恐るべしである。
私がここに書いても意味がないことは承知しているが、あえて。もしキヤノンがアメリカと言う海外市場の要望を聞いてカメラを作っているのなら、絶対に止めたほうが良い。この人たちは安ければそれで良いといういい加減なところがある。しかもセンスがない。EOSのような洗練されたシステムを前にして「マニュアルフォーカスが良いんだよね」なんて言う人たちにセンスがあろうはずがない。アメリカが作ってきたカメラを見れば発想は良くてもセンスがないことは一目瞭然である。アメリカ人に合わせる必要はまったくない!
と考えると、T60のお茶の濁し方と言うのは案外当を得たものであるかもしれないなどと感じたりもする。
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