潤滑油の研究

 カメラの分解、お手入れ、清掃、修理を趣味とする方々にとって常に悩みの種になるのが潤滑油、つまりオイルの問題である。これは実に難しい問題で過去いろいろな掲示板でも話題になっている。機械式カメラの不具合はほとんどが潤滑油の問題であり、また電子式カメラであっても写真を撮るための主要部分は引き続き機械であることを考えると、この潤滑油の問題は避けては通れないと思う。しかしながらDIYがそれほど一般的ではない日本ではカメラの潤滑油について明確に説明している本はほとんどないか、あっても容易には手に入らないものである。カメラは特殊な機械であり、カメラの潤滑を他の機械と同一視することができないもの難しいところである。
 私はもちろんカメラ修理のプロではないし経験もさほどない。下手の横好きのレベルである。数年前にAE−1PをCRC−556で葬ってしまったことはすでに何回か書いている。こんな私が潤滑油について書くのはおこがましいし、潤滑油については、「私が聞きたい」と言うのが本音である。

 もちろんこれから書くことは私の経験ではない。実は参考文献がある。アメリカはDIYの国で、カメラ修理に関する本が多数出回っており、私も何冊か手に入れて研究している。これら本が日本語訳されて国内でも簡単に手に入れば問題はないのだが、今の日本のDIY人口ではそれは難しいと思う。原書を入手して読めば一番いいのだが英語はやはり面倒くさい。私は数年前、エドロムニーの修理本を手に入れで読もうと努力したことがあったが、やはり苦痛だった。幸い私は今アメリカに住んでおり一時的に英語の文献を読むことに対する苦痛が少なくなっている。日本語に訳する苦痛は別問題であるが、これらの本には潤滑油に関する重要な情報がちりばめられているので、あえてこれを日本語で紹介することにした。あらかじめ防波堤を作らせていただくが、私は英語のプロではないし英語力も大したことはない。正しく訳せていない部分も多々あると思うがその点はご容赦していただきたい。また、逐語訳だとかえって大変なので大胆に意訳させていただいた。要は潤滑油に対する情報を公開するのが目的なので、内容だけを見ていただきたい。さらに著作権の問題を回避するためにも、逐語訳はさけることにしている。参考文献はCamera Maintenance & Repair と言う本である。実は日本からも通販で購入可能なので、興味ある方は是非手に入れていただきたい。私の文章を読むよりははるかに参考になると思う。

注油

 「私のカメラには何を注油したらいいのですか」という質問は修理を趣味にされる方から非常によく聞かれる。おもしろいことに「どのように」ではなく「何を」である。実際これはなかなか難しい問題である。
 多くの人は機械的な故障は潤滑油を数滴垂らすことによって解決すると思っている。確かにそういう故障も存在するが大多数はそうではない。もし、カメラが全然動かないのなら、潤滑油を垂らすだけで直る可能性はきわめて少ない。機械が動かない原因の大多数ははオイルの劣化による固着でこれは清掃によって取り除かなければならない。この状態でさらに潤滑油を加えても、状況を悪化させるだけである。
 カメラにWD−40(商品名)スプレーオイルを使用する人をよく見かける。WD−40は確かにドアのロックとか蝶番、キャスターのように比較的大きな物の潤滑には適している。電気店でもロータリースイッチやそのほかの可動部位にWD−40を使用している。しかし、カメラには向いていない。WD−40に限らずそのほかの製品であっても、スプレー式のオイルをカメラに対して使用してはいけない。

 どんなカメラであっても、作動部位によって重い、粘性の高いグリースから軽いオイル、あるいは乾いたグラファイトやモリブデンに至るまで、様々な潤滑物質が使用されている。どの潤滑物質を使うかは、あなたがどの部分に注油したいかによる。どの潤滑油が適当なのか実験してみなければならないことも少なくない。機械は状況によって固すぎたり緩すぎたりしており、潤滑物質の選択は慎重にならざるを得ない。これは、可動部分の機械的な許容範囲に左右される。一般的にドイツ製のカメラは許容範囲が狭い。
 もし、徹底的な清掃と注油を行ったにもかかわらず、原因不明の不作動が断続的に発生する場合は、潤滑油で補いきれない機械的な許容範囲を疑う必要がある。場合によってはシャフトをはずして1/1000インチ削らなければ、この不具合を解消できないこともある。数種類の潤滑油を試して初めて不具合が解消されることもよくあることである。
 このような難しい状況に陥ったとき、あなたはグラファイトの粉を試してみたくなるかもしれない。グラファイトの粉はその粗さによるグレードや溶剤により何種類かの製品が存在する。必要により自分で溶かすことも可能であるが、通常は乾いたまま使用することが多い。グラファイトの粉はカー用品店で入手可能である。American Grease Stick社のMr.ZIP(商品名)と言う製品は非常にきめの細かい粉末で一般的な用途に向いている。グラファイトの粉はベビーパウダーと同じくらい細かくなければならず、もし粒を肉眼で見ることができれば、そのグラファイトはカメラに使うには粗すぎる。グリースに混ぜられた粗いグラファイトは緩い接合部を埋めるのに使われる。
 グラファイトを乾いた状態で使用したいがそれが難しいときは、ライターのオイルに溶かして使用すると良い。

 潤滑油使用一覧表は潤滑油を選ぶ際の参考になる。表を簡潔にするため、潤滑油が必要な部位を4種類に分けて分類した。(1)動きの速い部分、(2)動きの遅い部分、(3)摩擦が必要な部分、(4)らせん状に動くネジ部の4種類である。機構を研究することにより、どのような動きが必要なのかを理解でき、最終的にどの潤滑物質が適当かを決定することができる。
(1)動きの速い部位
 一般的に速く動く部位はシャッターに関係している。シャッター幕やブレード、シャッター幕の軸やタイミングギヤ、そのほかシャッターの駆動に伴って動くギヤやラチェット(爪)などがこれに該当する。機構内部のシャフトのように動きの速い部位で接触面が小さい場合は軽いオイル(light oil)を使用する。動くが速く接触面が大きい部位(シャッターブレードやブレード・アクティベイティング・リング)にはグラファイトを使用する。スローガバナーも速く動く部位に含まれ、ライターのオイルで洗浄した後、薄い潤滑油か乾いたグラファイトを使用する。
(2)動きの遅い部位
 フィルム巻き上げ系統のギアなどは、動きの遅い部位である。必要なら軽いグリースを使用する。これらの部位は基本的に鳴きが発生したり古いオイルが劣化して動かなくなったりしない限りは注油の必要はない。通常は触らなくて良い部分である。
(3)摩擦が必要な部位
 重要な部位で摩擦が必要なパーツとは、ミラーやシャッターにテンションを掛ける機構やチャージングレバーとそれを止めるラチェットである。それらのパーツにはバネが入っており、力と摩擦がかかっても、シャッターがリリースされれば素速く動きかつ、高い信頼性を要求される。ラチェットの頭にはモリブデンのペーストをつけ、軸の接合部には潤滑油をつける。
(4)らせん状に動くネジ部
 らせん状に動くネジ部はレンズのフォーカシング機構に使われている。フォーカシングリングは適度な摩擦を持ちつつスムーズに動かなければならない。モリブデンペーストかFargoから出ているNyoGel helical grease(商品名)を使用する。

 有機オイルはある種のプラスチックに悪影響を与えることがあるので、もしプラスチック部分の潤滑が必要なら合成オイルかプラスチック用のグリースを使用する。潤滑油使用一覧表でカメラの部位ごとに推奨される潤滑油を示した。あくまでこの表は参考として使っていただきたい。どの潤滑油を使用するかは実際に使用できるかどうかと、その結果(動くかどうか)にかかっている。しかし、深く考えすぎることはない。オイル使用一覧表にある潤滑油の代用品はホームセンターやカー用品店で容易に入手できる物ばかりである。

 お店の棚にはリチウムオイルやシリコンオイル、そのほかのオイルもある。リチウムはモリブデンの代用品であるが一般的にモリブデンの方が良好に機能する。シリコンオイルはプラスチックパーツ以外にはあまり使われないが、シリコングリスは動きの遅い部位に、軽いシリコンオイルは動きの速い接触面の少ない部位に使うことができる。

 もし、グラファイトの粉を乾いた状態で使用したら、エアーダスターを使って完全に吹き飛ばしてやる必要がある。グラファイトの粉は光学部品を汚すことがあるので注意が必要である。溶剤に溶かして使用する場合でも吹き飛ばす場合でも、必ず光学部品を保護しなければならない。カメラを揺すったりエアーダスターを使用すると潤滑油が飛んでファインダーを汚すこともある。最終的な組立の前に、ファインダーをチェックし、必要ならファインダーの再清掃も行わなければならない。

 潤滑油は濫用してはならない。注油を開始する前にどうしてカメラが動かないのかを慎重に吟味する必要がある。原因となっている問題を正しく解決し必要がなければオイルは使うべきでない。
 これは驚くべきことかもしれないが、理論的にはカメラは製品寿命の間、注油するようにはできていない。自動車のように車検が必要な機械ではない。オイルは場合によっては乾いてしまったり劣化して固着することがあるが、それは温度や湿度、その他の環境に左右されるもので、通常10年から15年は問題なく作動するようにできている。





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