カメラの本について
私ホームページ上では他人の批判をしない。人を批判するというのは結構勇気がいることで、私にはその勇気がない。誰でも他人に批判されるのはおもしろくない。他人を批判する以上、自分が批判されても文句は言えないのである。当たり所が悪いとトラブルになってその処理にとてつもない労力を割かなければならなくなる。そうしたことが積み重なって閉鎖に追い込まれたホームページはいくらでもある。これには細心の注意を払わなければならない。
カメラ関係のサイトを運営しているのなら、他人が使っているカメラを批判しないのも大切なことである。人それぞれ価値観は違うわけで、ある種の人は「キヤノンAシリーズが好きなんて、どこかおかしんじゃないか?」と思っているかもしれない。逆に私にもついていけない分野があるが、それを口にしないのが大人だと思う。
実はいま私はものを言いたくてしょうがないのである。先日買ったカメラの本についてである。私はカメラの本やムックが好きで、私の日々の財政を圧迫するくらい本や雑誌を買っている。帰国してからもすでに「カメラGET」のバックナンバーや「MF一眼レフ名機大鑑」を購入している。「F−1とF2の時代」も買ってしまったし、そのほかにもちょこちょこカメラの本を買っている。というわけでカメラの本を見る目はある程度肥えていると思う。そして遂にどうしても我慢できない本にぶつかってしまった。その本について話をしたいと思う。
本の話をする前に、ちょっと考えていただきたいことがある。例えば次のような話がある。
「オリンパスペンはハーフサイズとしては非常に画質がよい。これはペンに搭載されたレンズに寄るところが大きい。ペンのレンズが素晴らしいのは設計者が妥協しなかったおかげだが、そのためにレンズ設計者はものすごい労力と時間を費やして設計したという話である。ペンの定価はそのほとんどがレンズ代らしい。」
よく聞くオリンパスペンの神話である。この話を聞いて私は素直に納得する。若干の温度差はあるにせよ多くの人は納得できるだろう。しかし、この話を聞いて「どうしてオリンパスの設計者は日立製の大型電算機とレンズ設計用のプログラムを使わなかったの?」と言う意見を言う人がいたらあなたはどう思うだろう。当時は今と違って大型電算機は一般的なものではない。パソコンでレンズの設計が出来る今の時代と1950年代後半を一緒にしてはいけないのである。このあたりのことを自然に理解できなければ、とんでもないトンチンカンな批評をしてしまうことになる。現在の物差しで過去の物事を推し量ってはいけないのである。
しかし、このような「おかしなこと」は実は良くある話なのである。
「太平洋戦争前の日本はアジアの国々を侵略したから悪い。」
と簡単に決めつけてしまう人たちが少なくないが、果たして本当にそうだろうか。私は決して戦前の日本の行動を正当化しようとしているわけではない。しかし「戦前の日本の悪事」を訴えている多くの人が「現代の国際関係や国内環境」を前提に物事を推し量っているような気がするのである。世界の多くの国が民主主義になり、植民地政策が過去のものになった現代と、弱肉強食の時代だった1930年代を同じ物差しで測ってはいけない。大恐慌後のブロック経済体制が日本にどのような打撃を与えたかを理解して、日本が選択する事が出来た道を精査してみなければ、実際に日本が取った方策の妥当性を議論することは出来ない。その時代の考証をしっかり行って、その上で「やはり日本の取った道は正しくなかった」と言う結論に達するのならそれはそれで立派な意見だと思う。しかし、どうもこのあたりの議論で出てくる意見の多くは「時代考証の不十分」という感じが強く「初めから結論ありき」と雰囲気がして、聞いていて白けてしまうことが多いのである。
話は大幅に横道にそれてしまった。さて、私が気になっている本と言うのは最近発売された「国産実用中古カメラ買い方ガイド100(学研)」である。この本は3年前に発売された「国産実用中古カメラ買い方ガイド」の続編という位置づけらしい。私は両方とも発売とほぼ同時に買った。まず古い方の「買い方ガイド」だが、内容はそれほど悪いとは思わない。わざわざアメリカまで持っていったくらいだから、割と気に入っている本ではある。しかし「買い方ガイド」と言うにはちょっと物足りない部分もある。数名の著者による共著なのだが、それぞれの著者に温度差があって「買い方ガイド」としての一貫性に欠けるところがあるのだ。「買い方ガイド」と言うからには、買うときの参考になるものでなければならない。カメラの特徴や性能、発売当時の位置づけや背景、今買うときの注意点等があって初めて買い方ガイドになる。当然それを期待して3年前にこの本を買ったのだが、私はこの本は「買い方ガイド」ではなく「国産実用中古カメラ思い出ガイド」だと思っている。著者によってはカメラに対する自分の思い出だけを中心にして話を進めており、実際に買うときの参考には全くならないものもある。しかしこの本は「買い方ガイド」としては不十分だが「思い出ガイド」としてならなかなか良い本だ。カメラの本を買うと言っても何も「買い方ガイド」ばかりを求めているわけではない。例えば赤瀬川源平氏の本は買い方ガイドではない。「ライカ同盟」などはどのようにしてライカを手に入れたかのストーリーであるが、これはおもしろくてたまらない。ただ「買い方ガイド」として売るならやはり「買い方ガイド」であって欲しいのだ。
今回の「国産実用中古カメラ買い方ガイド100」は前回の反省を元に作り上げたのかもしれない。本自体の構成は前回の「買い方ガイド」を踏襲しているが、すべてのカメラに対し「強み」と「弱み」、つまり長所と短所のみを記述するようにしてある。これなら著者の思い出話を封じ込んで「買い方ガイド」として十分通用する仕上がりに出来るかもしれない。確かに前回の本よりは「買い方ガイド」としては使える。しかし、どうしても気になる記述が何カ所かある。
例えばキヤノンAE−1。弱みとして取り上げられているのは「露出補正が一律逆光補正のみ」と「低速シャッターが物足りない」と言う二点である。21世紀の今なら、これらことは「弱み」として指摘できるかもしれない。しかし、AE−1が登場したのは1976年である。ご存じのとおりであるが、AE−1が発売された1976年はまだ露出補正の概念がしっかり出来上がっていない時期である。同時期発売同価格帯の一眼レフで露出補正がないものはいくらでもある。まあ、露出補正についてはあるに越したことはないので「弱み」として挙げたとしても文句は言えない。しかし低速シャッターについてはどうか?AE−1は2秒までの低速シャッターがついている。もちろんEFやA−1の30秒にはかなわないし、そのほかの同時期の絞り優先AE一眼レフは8秒くらいまで使えるものもあることはある。しかし、2秒まで使える低速シャッターで不自由に感じることはほとんどない。自慢ではないが私はAE−1で1秒以上のシャッターを使ったことはない。これは「弱み」として強調するほどのことだろうか。しかもAE−1はボディのみ5万円の普及機なのである。
AE−1についてはまだある。実は「強み」として、「ロック機構の付いたプレビュー」を挙げている。これはどうだろう?私はAE−1やA−1のプレビュー(と言うか絞り込みレバー)は「弱み」であることはあれ「強み」ではないと思う。当時のシャッター優先AEの宿命とはいえ、プレビューするためにいったんレンズのAマークをはずして絞り込み、オートで撮影するためにはレバーのロックを解除したあともう一度Aマークにあわせなければ正しい露出で撮影できないのである。A−1に至ってはさらに二重写しの操作までしなければならない。あのレバーはプレビューと言うよりは絞り込み測光用レバーであり、あれをプレビューとして使った場合はお世辞にも使いやすいとは言えない。
こんな記事を読んでいると、AE−1の項を書いた方は実はAE−1を使い込んではいないのではないかと疑ってしまう。
もちろんAE−1のページにだけに不満があるわけではない。例えばアサヒペンタックスSV。SPが登場する前の1962年に発売された露出計なしのマニュアル一眼レフである。この時代のカメラは外光露出計内蔵か露出計なしが一般的だった。TTL露出計が内蔵されたのは1963年のトプコンREスーパーからである。そして「買い方ガイド100」で指摘されているSVの弱みが「露出計が搭載されていない」なのである。露出計がないことを弱みとして指摘されたらSVもさぞかしびっくりすることだろう。それにどうしても露出計が必要なら、SVには専用の露出計、ペンタックスメーターをつけることもできる。
もちろん去年発売されたカメラなら内蔵露出計がないのを弱みとして指摘しても良いだろう。しかし相手は1962年発売のカメラなのである。これは弱みではなくて特徴ではなかろうか。
こうしてみてみると、「買い方ガイド100」は「買い方ガイド」としてのコンセプトに大きな問題があると思う。この本はすべてのカメラを「強み」「弱み」の二つで表現しているが、「強み」でも「弱み」でもない「特徴」はいくらでもある。ミノルタSR−T101の上下分割測光は本機の強みであり、特徴である。たしかに「買い方ガイド100」でも「強み」として取り上げている。しかし、同時に縦位置では上下分割測光が無意味化するのを「弱み」にしているのだ。著者のみなさまもむりやり「弱み」を挙げなければならず、苦労したのではなかろうか。
キヤノンEFはモードラがないことを「弱み」にして、「この辺りのスペック不足がフラッグシップになれなかった理由だろう」と締めくくっている。しかしEFはそもそもがハイアマチュアを対象としたAE機で、プロを意識したF−1とは開発のコンセプトが異なるカメラなのである。モードラがないからフラッグシップになれなかったのではなく、プロを意識していないからモードラにこだわらなかったが正解だろう。仮にEFにモードラやワインダーが付いたとしても、1970年代のキヤノン一眼レフのフラッグシップはF−1以外にはあり得なかっただろう。1978年発売のA−1は秒間5コマのモードラが付いているが、誰もA−1がキヤノン一眼レフのフラッグシップだとは思っていない。
最後に個人的な不満を二点。一点目はニコンFである。ニコンFの弱みは何か?ニコンFの弱みについて著者は「僕には特に思い浮かばない」と書いているのだ。結局「あえて言うなら」と言う前提付きで着脱式の裏蓋を挙げているのだが、本当にそうだろうか?ニコンFファンに喧嘩を売るつもりは毛頭ないが、ニコンFが欠点のないカメラであるはずがない。たとえばニコンSP譲りのシャッターボタンの位置はあれで良いのだろうか?Fに慣れれば問題はないが、あれが本当に人間工学的に最適な位置ならF2だってF5だってあの位置を踏襲しているはずだ。もちろん着脱式の裏蓋だって「あえて」言わなくても十分弱みである。
Fは素晴らしいカメラであるが、それゆえに「弱み」が見えなくなってしまっては「買い方ガイド」の著者としては不満である。しかし1959年と言う時代を考えれば、着脱式の裏蓋を「弱み」と言ってしまうのもかわいそうな気がするが。
もう一点は至極個人的な意見であるが、キヤノンA−1、AE−1Pがないのが不満である。サブタイトルに「日本の名機100選「強み」「弱み」を12人の達人が徹底解説!」とあるのだから、AE−1だけでなくせめてA−1は入れて欲しいのだが、いかがなものだろう?
私はこの手の本を12名で共著にするのは無理があると思う。学研は1996年にサンダー平山氏が中心になって「中古カメラ実用機買い方ガイド」と言う新書版の本を出しているがこれは素晴らしい仕上がりだった。もちろんすべてが私の持っている考え方と同じだったわけではないが、「買い方ガイド」としては申し分のないレベルである。中古カメラの初心者ならこの本を見ながら中古カメラ屋巡りをしても良いと思う。自信を持ってお薦めしたい本だが、6年前の本で少々情報が古くなっているし、残念ながら最近はほとんどお目にかからない。絶版になったのだろうか?結局その後、学研の出した「買い方ガイド」はサンダー平山氏の本を下回る出来だと思っている。
サンダー平山氏の本の優れているところはすべてのカメラについて基本的には一人の著者が同じ価値観のもと比較し、感想や使い勝手を述べている点である。それゆえに本全体に一貫性があり、結果的に信憑性のある内容になっている。自分の価値観と合わないところは差し引けばいいだけの話である。サンダー氏はあとがきで続編について語っており、私はその続編を心から楽しみにしているのだがさっぱり発売されそうな気配がないのは残念である。
中古カメラブームがこの先どうなるかはわからないが、とりあえず書店ではカメラの本コーナーがにぎやかである。しかし、本の数が増えたため質が落ちたのでは話にならない。カメラの本を執筆出来る人材には限りがあるのかもしれないが、ぜひこれからも読者の期待を裏切らない、質の高い本を出して欲しいと思う。