R君の失恋

 私の友達にR君と言う学生がいる。R君は黒人のアジア人の混血で、頭のいい、アメリカ人には珍しいちょっとシャイな男の子である。小さい頃にテレビで見たマクロス(アメリカではロボテック)が原因で日本と日本語に興味を持ち、高校の頃から外国語として日本語の勉強を開始、大学でも日本語を専攻していた。ペラペラとまではいかないが、かなり日本語をしゃべる。私のつたない英語と彼の日本語でお互いに補いながら意志の疎通が可能なレベルである。
 R君には日本人の彼女がいた。近隣の大学に留学している日本人だ。私は彼女にあったことはないが、まあ普通の日本人の大学生のようだ。

 最近の話だが、アメリカに留学している日本人学生の多くは日本人同士でしかつきあわないらしい。その昔、海外留学が珍しかった頃はつきあう日本人もいないので、無条件に英語環境にたたき込まれ、みんな苦労をして英語がうまくなって日本に帰ってきた。今回自分がアメリカで生活してみるまで、私は海外留学する人はみんなすごいと思っていた。そういう幻想を抱いて、アメリカにいる日本人学生達を見て幻滅した。見なければ良かった。フェリス女学院にしても合コンをしなかったからこそ、私は未だに幻想を抱いている。これはこれで幸せなことだ。何もすべてを知って幻滅する必要はない。フェリスなら幻滅しないかもしれない、と言う幻想さえ持っているのだ。もちろん留学先で一生懸命がんばっている立派な大学生というのもいるだろう。しかし私はデンバーやらコロラドスプリングスで、そういう学生にはほとんどお目にかかったことはない。
 だいたいの留学生は日本人同士でつきあっているようで、日常生活で英語はほとんど使っていないようだ。英語はアメリカにいても使わなければ何年経ってもしゃべれるようにはならない。初めは2年程度の留学計画で親にお金を出してもらって渡米する。「2年もいれば英語はペラペラ」、最初は誰でもそう思う。実際英語しかしゃべれない環境に2年たたき込まれればかなり話せるようになるだろう。しかし、英語しかしゃべれないのはつらい。そして日本語がしゃべれる友達を求めはじめる。断然日本語の方が楽だ。そうなると英語しか話せないアメリカ人とはつきあわなくなり、日本人同士で連むようになってくる。2年たち、ふと気づくと英語が全然出来るようになっていない。テレビを見ても相変わらず全然わからない。これでは恥ずかしくて日本には帰れない。親に無理を言って留学延長。それでもやはり日本人同士で行動してしまう。そういう学生を何人も見てきた。

 そんな中で日本人の女の子がR君とつきあっているのだから大したものだ。ところがR君の卒業が近づいたある日浮かない顔をして私のオフィスにやってきた。聞くと彼女にフラれたらしい。しかし、どうも失恋のショックというわけでもなさそうで、話を聞いてみることにした。

「BISON先生。どうやら僕はフラれたみたいなんですが、よくわからないんです。」
「よくわからないって、R君は彼女に何か言われたんだろう」
「ええ、でも、彼女はまだ僕のことが好きだって言うんです。でも僕のために別れたいって言うんです。もちろん僕は今でも彼女が好きです。彼女が僕のことを好きならどうして僕のために別れるんでしょうか?」


 私はピンときた。日本の女の子がよく使う手だ。もしかすると女の子だけではないかもしれないが、良く聞く話である。私は高校時代に好きだった女の子にこれをやられて大学生活を棒に振った苦い経験がある。これを食らうと引きずるのだ。だから私は今でもこの手が嫌いだ。

「R君、夏休みは彼女と一緒だったの?」
「いえ、彼女は日本に帰っていました。久しぶりにあったらいきなり別れたいって言われたんです。」

「そりゃ、きっと日本で新しい彼氏が出来たんだよ。」

「でも、どうしてそうならそうって言わないんですか?」

「どうしてって、そんなこと言ったらR君はショックを受けるだろ?」

「ショックは受けるかもしれませんが、それならあきらめがつきます。今でも好きだって言われたら、あきらめがつかないじゃないですか。それって卑怯ですよ。」


そのとおりである。私も常にそう思っている。しかし、この場合日本代表としてアメリカ代表のR君と話をしている私はなんと言ったらいいのだろう。私は今までの経験から日本の女の子の言葉の裏を読むことくらいは出来る。
「今でもあなたが好きだけど、あなたのために別れたいの」
などと言われて額面通りに受け取るのは、高校生までだ(痛い)。
 アメリカではそのへんはどうなのだろう。この国の人たちは結婚していようがいまいが、どんどん別れてどんどんくっつく。このあいだ、もう孫がいるという女性に「来月結婚するのよ」と言われて「娘さんがですが?」と言う愚問をしてしまった。50歳だろうが60歳だろうが再婚するのだ、この国の人たちは。だから、たぶん日本人のようなまわりくどい別れ方しないのだろう。

「じゃあ、R君。もし君の方が彼女以外の別な女の子を好きになったらどうする?」
「もちろん、きちんと言いますよ。きちんと言って別れます」
「彼女が別れないって言ったら?泣き出したら?」

「謝ります。でも、『もう好きじゃないから一緒にいられない』って言います」

「それで平気なの?」
「平気なわけないじゃないですか。彼女はつらいけど僕もつらい。でも、しょうがないんです。だから僕もつらいことを言わなきゃいけないんです。」

 R君の答えは完璧だ。私はそれ以上R君に言う言葉がなかった。
「これは日本では比較的ポピュラーな別れ方なんだよ」と言うしかなかった。でも彼には理解不能だろう。文化が違いすぎる。

 ごらんのとおり日本はそろそろ10年を迎えようかというような長い不況が続いている。日本では会社が傾いても解雇しにくい。しにくいから新規採用を控える。しかし抜本的な解決策ではないから、じわじわと不況が広がって出口が見えない。若年の失業者が増え、意欲をなくした若者はフリーターになって気ままな生活を選ぶ。
 アメリカは不況になればどんどんクビである。私は去年1年間その嵐を傍観してきた。切るときは非情なまでにスパッと切る。しかし、わずか1年で不況脱出の兆しが濃厚になってきた。驚くべきパワーである。このあたりは良い悪いではなく文化の差なのだろう。

 だからってアメリカが良いわけではない。アメリカ人に日本文化や詫び寂びはわからないだろうと思う。言いたくても言えないことだってある。それがわかるのはやはり我々は日本人だからだ。やはり日本人同士は楽だ。あれっ、さっきの話と矛盾してきたな。まあ気にしない。






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