無論タムロンその1

 昔からレンズ専門メーカーというのがある。天下の大日本帝国光学(注:ニコン)も、カメラを作る以前は精機光学にレンズを提供していたくらいであるから、レンズ専門メーカーの歴史は古い。まあ、ニコンは全く別格として、われわれが現在レンズ専門メーカーとして認識している会社も、多くは1960年代からレンズを作っている。

 1970年代後半から1980年代にかけて多くのカメラメーカーが淘汰されてのはご存じのとおりである。ミランダやペトリに始まり、倒産こそしなかったがトプコンやチノンはカメラの生産をやめてしまった。一眼レフからだけ撤退したコニカやフジカの例もある。この時期、厳しかったのはカメラメーカーだけではなさそうである。レンズ専門メーカーも多くがこの時期に倒産している。私が初めて一眼レフを買った1980年前後は、まだかなりの数のレンズ専門メーカーが存在した。当時あって今はないメーカーとして、サン、トップマン、シムコ、コムラー、ソリゴ−ル等がある。トップマンは元々三脚のメーカーだったが、ミランダか何かの工場を買い取ってレンズの販売をはじめたらしい。中学の頃行った写真用品ショーで、トップマンのレンズを見たのを覚えている。確かA−1を買う前で、ペンタックスS2をぶら下げて行って、M42マウントのトップマンをつけてもらった。もちろん買わなかったが。トップマンもその後倒産したのだから、その工場はまさに呪われた工場であろう。たしか、初期の中古カメラGETにこの工場の記事が載っていたと思う。

 現在生き残っているレンズ専門メーカーは、これらの淘汰の嵐を生き残ってきたメーカーであり、技術的にも資本的にも大メーカーと言っていい会社ばかりである。トキナー、タムロン、シグマあたりが現在も元気なレンズ専門メーカーである。シグマはカメラの生産も行っているので、純粋なレンズ専門メーカーではないかもしれないが、やはりレンズの方が知名度があるので、レンズ専門メーカーと言っていいだろう。現在これらのレンズが品質的に問題になることはない。しかし、その昔のレンズ専門メーカーのレンズは、安かろう悪かろうといわれていた。私が高校生であった頃でさえ、そういう話はあったのだ。
 私は高校1年生の時、望遠系ズームレンズを買った。80〜200クラスのズームが欲しかったのだ。最初にターゲットにしたのはシグマのズームだった。確か5万円でお釣りが来る値段だったと思う。そのときカタログに載っていたキャノン純正の望遠系ズームは80−200F4で10万円だった。5万円なら何とかなっても10万円は出せない。もう少しでシグマのレンズを買うところだったが、直前にキヤノンから70−210F4が発売され、形勢は逆転した。値段は62,000円。これなら無理すれば何とかなる。さらに決め手になったのはキヤノンならNewFDのバヨネットマウント、シグマは旧FDとおなじスピゴット式。これで勝負あった。ちなみに、ずっと昔に読んだ話だが、キヤノンはNewFD式のマウントのパテントを公開しなかったらしい。それで、レンズ専門メーカーは最後まで締め付けリング式のレンズを作らざるを得なかったということである。

 ところで、レンズ専門メーカーのレンズは本当にカメラメーカーの純正品に比べて性能的に劣るのだろうか?確かに、1970年代のレンズ専門メーカーのレンズは質的に劣るものがあったらしい。昔のその手のレンズをいま使ってギョとすることはある。しかし、すべてのレンズ専門メーカーを同じ土俵で比べるわけにはいかないし、逆に言えば力のないメーカーは自然に淘汰される運命にあったのだから、少々質の悪いレンズがあるのは仕方ないだろう。1950年代の日本製カメラ本体と同じである。
 レンズ専門メーカーの売りは値段とカタログ上のスペックである。値段はレンズ専門メーカーの最大の武器である。カメラユーザーは出来ることなら純正レンズを使いたい。しかし予算の関係でそれが出来ない場合、レンズ専門メーカーのレンズが選択肢に上がってくる。まさに、貧乏学生の味方だったわけだ。しかし、値段を下げるということは当然どこかでコストを下げなければならない。実際にどこでコストを下げるのかはわからないが、そのハンデを考慮せずに純正のレンズと同じ性能を求めるのは酷であろう。
 カタログ上のスペックもレンズメーカーの売りである。標準系のズームが「ショートズーム」という名前で流行りだした頃、レンズ専門メーカーは純正レンズにないスペックのレンズを競って発売した。35〜70が主流の時代に望遠側を100まで延ばしたり、開放F値をあげたりした。これらのレンズはカタログ上は魅力的であるが、レンズの設計に無理が出るのは当然である。このあたりがレンズ専門メーカーのレンズの質的評判を下げる原因になったのではないかと思う。
 ただ、いま昔のレンズを使うとき、それらの問題はあまり大きなリスクにはならないと思う。なぜなら多くのレンズ専門メーカー製レンズはジャンクかごの常連であり、「ちょっと試しに」使えるお値段のレンズなのである。

 レンズ専門メーカーは当然各種のマウントを準備しなければならない。これはメーカーにとって負担になるだろうし、勢い小さなメーカーのカメラを無視することになる。そこで、頭を使ったのがタムロンである。ご存じアダプトールシリーズである。アダプトールはマウント部分とレンズが簡単に取り外しできるようになっており、マウントだけを簡単に交換できるようになっている。レンズ自体を何種類も作る必要はないし、ユーザーとしてもマウントを何個も買う必要がない。さらに、マウントの異なるカメラを持っていても、レンズ側のマウントを揃えればいいだけので、ユーザー側にも大きなメリットがある。これは本当に素晴らしいアイデアだったと思う。

 さて、レンズ専門メーカーは現在でも元気であるが、マニュアルフォーカスのレンズとなるとすっかり寂しい限りである。シグマはマニュアルフォーカスから撤退したし、タムロンも昨年、ラインナップからマニュアルフォーカスをはずした。伝統のアダプトール2マウントも2004年に生産終了するらしい。トキナーはまだ一部の製品を残しているが、オートフォーカスシリーズに比較すると寂しい限りである。

 レンズの技術は年々進歩しており、例えば現在各メーカーがラインナップしている28−300のようなレンズは昔では考えられなかったスペックである。純正のカメラメーカーが生産の主体をオートフォーカスに移した今、これらのレンズをマニュアルフォーカスカメラで使おうと思ったとき、レンズ専門メーカーは我々の心強い味方であった。レンズ専門メーカー製のレンズは、マニュアルフォーカスカメラ愛好者にとっては最後の砦であったのだが、それもそろそろ崩壊に瀕しているようだ。

 そのなかにあって、ただ一つ元気なのがコシナである。コシナのレンズは相変わらずマニュアルフォーカスに厚いラインナップである。コシナはフォクトレンダーシリーズで、マニュアルフォーカスが好調なので、末永くサポートしてくれるかもしれない。広角系ズームもあり、なかなか魅力的なレンズも多い。あとはアベノンであろうか?

 なんにせよ、マニュアルフォーカスカメラのレンズが新品で手にはいるというのは心強いことである。これらのメーカーがマニュアルフォーカス用のレンズを作り続けてくれることを祈るばかりである。