ウィルス

ウィルス... 中古カメラはウィルス感染するものらしい。私は中古カメラウィルスという言葉自体は赤瀬川源平氏が言い出したものだと認識している。個人的な好き嫌いはあろうと思うが私は赤瀬川源平氏の文章、中古カメラに向かうスタンスとも大変好きである。この中古カメラウィルスというニュアンスはよくわかるし、言い得て妙だと思う。

 たしかに中古カメラはウィルスのように感染していく。他人が持っていたり、ひょんなことで触ってしまうと、それまで全然興味がなかったカメラがとたんに欲しくなってしまうことがよくある。特に私の場合はいったん手にとってしまうと、もうダメである。e−bayでは絶対買わないようなカメラであっても、中古カメラ屋さんで実際に触ってしまうとコロッと行ってしまうのだ。
 しかし、もちろん本当にそんなウィルス自体が存在するわけではない。

 冷静に考えてみると、間近に見たり手に取ったおかげで欲しくなるものはたくさんある。車のディラーなどはそのために何とかしてお客さんを自分のショールームに連れて来ようとして、いろいろなイベントを開いたり、無料で風船などを配ったりする。その代わりいったんショールームに連れて来ればこっちのもの、黙っていてもセルシオやシトロエンの魅力がお客さんをつかんで離さない。車に限らずショールームの目的は詰まるところ、「ウィルスに感染させること」にある。
 しかし、車ウィルスが蔓延して中古車ブームが起きることはない。なぜか?なぜってそりゃあんなものがブームになったら大変である。「シトロエンとパジェロとGT−Rはあるけど、ボルボも欲しいなぁ」なんてことを言い出したらこれはもう家庭不和くらいでは済まされない。車はたいてい一家に1台あれば十分であり、2台以上持つようにはできていない。そんなお金はどこにもないし、2台買っても保管する場所に困るだけである。税金もかかる。でも車ウィルスにやられた人はできれば2〜3台は持ちたいのではないだろうか。
 その点カメラは大丈夫である。5台持とうが10台持とうが税金はかからないし保管場所も車ほどは困らない(少しは困るけど)。「カメラを2台持っても結局1台しか使わないかもしれない」と思うのは最初だけ。2台目を買ってしまえば「2台持とうが10台持とうが同じこと」と言う気持ちになり、どんどん泥沼にハマってゆく。

 カメラというのはどんなカメラであっても魅力的である。設計者やデザイナーが心血を注いで作った作品であり、どのカメラもそれなりにいいところは必ずある。私は好きなカメラならいくらでも挙げることができるが、本当に嫌いなカメラを挙げろと言われるとこれはちょっと難しい。
 A−1vsXDの論争が激しかった頃、このバトルの参加者はお互いが持っているカメラのことを罵倒し合っていた。しかし、この中で両方のカメラを等分に使った上で片方の悪口を言っていたユーザーはほとんどいなかったのではないかと思う。つまり、単なる食わず嫌いなのである。私は断言できるがA−1もXDも偏見なく使ってみれば、どちらもそのすばらしさに感動できる。しかし、多くの人は複数のカメラを同時に使う機会を持っていなかった。実際問題自分が持っているカメラ以外のカメラを使うことは滅多にないのである。だから自分が持っていないカメラに触る機会があったとき、当然のことながらそのカメラの持っている良さに気がつくわけである。これが中古カメラウィルスの正体であると思う。

 それでは細菌学の立場から実際の中古カメラウィルスの働きを分析してみたい。東京都在住のNさんは健全な男性であった。しかし、去年の秋頃、運動会で久しぶりに使ったカメラが原因で中古カメラウィルスに冒されてしまった。この場合は新たに感染したと言うよりは、長い潜伏期間を経て発病したと言う方が正解だろう。元々メカ好きでキヤノンユーザーだったNさんはあっという間にキヤノンF−1ウィルスにやられてしまい、わずか1週間のうちにF−1シリーズ4台を手に入れてしまった。体内のウィルスが活発に活動していた時期である。しかし年が明けると去年までの熱が嘘のように冷め、非常に冷静な気持ちでカメラと向かい合うことができるようになった。一見ウィルスは死滅したかのように見えた。しかし、実際ウィルスは全然死滅していなかった。白血球の働きに対し一時的に休眠状態になっていただけであり、Nさんのからだの奥深くで力を蓄えていたのである。健全な生活を取り戻していたように見えたNさんに再び転機が訪れる(この健全なときに不健全なものを大量に落札なさっていたと言う事実には目をつぶりたい)。ミニオフである。ミニオフで大量のウィルスに触れたNさんの体内のウィルスはパワーアップされて活動を再開。本来の純正品フェチも手伝い、買い物街道をばく進されることとなったのである。ちなみにこのNさんは架空の人物であり、もしあなたがある人物を想像していたとしたらそれは単なる偶然である(それにしてはエライ具体的な記述やのう)。

 私の場合も「最近お金がないから、もうカメラを欲しいという気がしなくなった」と言う時期があるにはあったが、これは単なる一時的な現象にすぎなかった。ある種の狂犬病の細菌は患者が死にそうになると一時的に活動をやめ休眠状態になり、患者が快復してからまた猛威を振るうという話である。経済状態が回復すると私の中古カメラウィルスはそれまで以上の激しさで活動を再開したのは言うまでもない。

 この中古カメラウィルスが最終的にどうなるのか私にはわからない。いつかは沈静化するのだろうか。しかしそういう話は聞いたことがない。きっと慢性化し、各種の合併症や変種を起こしながら一生私と共に生き続けるのだろう。