そもそもこの機種は米国で発売されたもので、後になって日本国内でも発売された。FTb系のカメラの中で最も機能を省略されたカメラである。よくいえばシンプルさを追及したカメラと言うことになるが、わたくしのセンスではTLbは機能を省略しすぎである。残念ながらFTbの魅力の多くが失われてしまったと思う。
TLbの測光方式はFTbとは異なるシステムを採用している。やはりFTbに採用されたフォーカシングスクリーンの一部をハーフミラー化する中央部部分測光はコストのかかる方法であったのだろう、廉価版ではアイピース付近にCDSを配置した平均測光になってしまった。コスト的に厳しかったとはいえ、これは残念な仕様変更であった。まあ、同時期にFTbNが発売されていたはずだから、違いのわかるユーザーはFTbを買いなさい、と言うことかもしれない。
TLbは間違いなくアメリカ市場の激しいコストダウン圧力から生まれたカメラである。アメリカ人は見た目には見えてこない高性能さより、単に安いものを選ぶ傾向がある。この傾向が今の合衆国を築いたのだろうから、わたくしも頭から否定することはできないが、アメリカの国民に侘び寂びや日本人の奥ゆかしさを理解させるのは不可能だと思う。
シャッター速度にも変更が加えられ、最高速度は1/500秒どまりになった。この手のコストダウン策は実はアメリカではよくあるようで、かのアサヒペンタックスSPも国内では販売されなかったがSP500と言う廉価版が存在する。
TLbには右側エプロン部にセルフタイマーらしきものがついている。しかし騙されてはいけない、これはプレビューレバーが進化発展したものに過ぎない。いや、FTbから始まる歴史を振り返れば、進化発展と言うよりは、FTbのセルフタイマーレバーのミラーアップ機能とセルフタイマー機能が失われ退化したと説明する方が当を得ているかもしれない。ともかく、このレバーはセルフタイマーのような形状をしているが、反時計回りには回らないのだ。時計回りに押し込むことにより、レンズが絞り込まれる。それだけの機能である。細かいことに文句を言う気はないが、セルフタイマーと混乱するようなプレビューレバーの形状はなんか姑息な気がする。
さらにTLbでは、FTbには装備されていたホットシューまで省略され、ペンタプリズムの上についている単なるアクセサリーシューになってしまった。ホットシューをアクセサリーシューにダウングレードすることによりどれくらいのコストダウンになるのか私にはわからないが、それほど大した効果ではないような気がする。1970年代中盤に登場したカメラでホットシューを装備していないカメラはほとんどない。コストダウンもここまで来てしまうと、単なる安かろう悪かろうに思えてくる。
TLbは日本国内でも短期間販売されたが、販売実績はどれくらいであったのだろうか。データがまったくないので実態をうかがい知ることもままならないが、日本市場の特性から、あまり芳しくはなかったのではないかと推測する。コストダウンのために機能を絞るにしても日本市場で受け入れられるのはせいぜいTXまでだと思う。残念ながらTXは日本国内では発売されなかったが。それにコストダウンと言っても、実はFTbNの価格とTLbの価格ではそれほど差がなかったりする。これはあくまで日本国内での価格差で、アメリカでの価格は不明であるが、実際のところかなり機能を削っても大幅な価格低下は難しいのかもしれない。
なぜ、キヤノンがTLbの日本国内での販売に踏み切ったのか、その真意は不明であるが販売の時期や規模を考えると、単に米国市場の売れ残りをさばいただけのような気もする。その後キヤノンはAT−1、T80、EF−Mと言った機種を米国内のみで発売した。どれも機能限定廉価版である。EF−Mに至っては、EFレンズを装着しながらオートフォーカスができないという、絶句状態のカメラである。これらのカメラを日本で流通させなかったのは、案外TLbの教訓だったのかもしれない。なんと言っても、日本は不況であってもブランド品のハンドバッグが飛ぶように売れた国なのだから。